■chapter-1: 伝説の名器~1973年ミゲル・ロドリゲス(コルドバ・スペイン)
巨匠ペペ・ロメロ~2000年頃まで25年間、ほぼ全てのレコーディングを支えた究極のギター。
「La Wonderful(ラ・ワンダフル)」と名付けられたこのギターは、数多の賞賛を浴び、そして数多の伝説も生まれた。
そんな逸話を、数回に分けてご紹介します。
杉・ハカランダ・エボニー指板・660mm。
スペインはアンダルシア地方の古都コルドバ。
この地に制作工房を開いた「ミゲル・ロドリゲス1世」は、マドリッドの「マヌエル・ラミレス」の流れを受け継ぐ、マドリッド黄金期の伝統を継承したギター製作家。
双子の息子たちによって引き継がれ、伝説的名器を生み出すも、製作家系は絶えてしまった。
ロメロ一家の愛用で世界にその名を轟かせたロドリゲス。しかし日本では決して本数が多くはない。
理由は「サイズが大きいから」「ロメロ一家が新作を定期的に購入するため、もともと多くはない製作本数より、一般マーケットへの流出本数が潤沢でなかった」等の理由による。
1973年、ヨーロッパツアー中のロメロス。スペイン・マドリッドに滞在したある日のお話。
ペペの父君セレドニオがミゲル・ロドリゲスに注文していた新作ギターが、コンサートツアーでロメロ一家が滞在していたマドリッドのホテルの一室に届いた。
出来上がったばかりのギターが届いた時、たまたま、セレドニオとペペしかいなかった。セリン・アンヘル等、兄弟たちは外出中だった。
早速セレドニオとペペはギターを見てみることにした。
ペペがケースを空け、初めて弾いた瞬間に、このギターがいかに特別で優れた楽器なのかを直感した。
そこで「パパ、このギター、私にいただけませんか?」と懇願したのは言うまでもない。
セレドニオの答えは、「兄弟たちには内緒だぞ!」だった。
■chapter-2: 名前の由来
ロメロ一家の膨大なギターコレクション。その中でも特別なギターには名前が付けられていることが多いです。
今日は、この「La Wonderful(ラ・ワンダフル)」の由来のご紹介。
このギターを入手したペペ・ロメロは兄弟たちの嫉妬を受けつつも、早速コンサートで使い始めました。
その素晴らしい音を聞いた人たちが、制作者のミゲル・ロドリゲスに「今度ぺぺに作った新しいギターは素晴らしいね!(Wonderfulだね!)」と口々に絶賛した訳です。
英語が殆ど分からなかったミゲルは「みんな”ワンダフル”って言うけど、何の意味なんだろうか??」と。
1974年のスペイン・アンダルシアですからね・・。
そんなもんだったんでしょう。国際感覚。
で、ミゲルはその後ぺぺに会った時に「なあぺぺ、何だか沢山の人があの新しいギターを「ワンダフル」って言ってるけど、それって何??」
ペペは「ああ、ミゲル、ワンダフルって、素晴らしいって意味だよ」と。
で、ミゲルは「ふーん、そうかぁ。じゃぁ、あのギターの名前をそれにしなよ」
ということで、このギターは「La Wonderful(ラ・ワンダフル)」と命名さました。
■chapter-3: 側・裏板の話
「La Wonderful(ラ・ワンダフル)」の側・裏板にはハカランダ(ブラジリアン・ローズウッド)が使用されてます。
ワシントン条約で早くから保護対象となったこの木は、様々な伝説が生まれていますが、そこには触れず、テーマは「白太(SapWood)」の話。
写真でご覧のとおり、濃茶色の中に、いくらか白く見える部分があります。これが「しらた(サップウッド)」と呼ばれる部分。樹の生長過程の初期部分で、相対的には、柔らかい部分。
日本では「白太」を嫌う風潮がありますが、ご覧のように地球最高の名器には採用されている。
さて、ハカランダの特徴のひとつに、「柔らかい部分と硬い部分が複雑に混在している」=「振動への反応が複雑」=「弾くのが難しいが、弾いたとおりの音が出る。名手には嬉しい」といった面がある。
すると樹の中でも「もっとも柔らかい白太部分」を含めることで、一層、ふり幅を広げることになるわけで、黒い部分一辺倒のゴージャスな重厚さも素晴らしいが、音楽ツールとしてのハカランダにはサップウッドが入っているのは好ましいなぁ、とも思えます。
ぺぺ・ロメロは、サップウッド部分の入った木取りで製材された板を使用するのを好みます。もちろん、製作者がやりたい事こそベストだ、と分かったうえでの好みですが。
■chapter-4: 音の話
楽器は音が命。材料が良くても、作者が有名でも、音が駄目なら元も子もなし。
さて、La Wonderfulの音とは?
超有名ギターなので、ペペ・ロメロのフィリップス時代の録音を聞けば、10中9.8くらいの確率でこのギターです。
で、今日の話のテーマは「手応え」。
外に出る音が大事。そして、弾いた時の「手応え・弾き応え」も同じくらい大事。
このギターの稀有な点はここです。
結論は、「音と音の間、空間に、音楽を滑らかに繋げるような”響き”というか”空気”というか、録音出来ない”何か”がある」のです。
私は結構な時間、このギターを弾いています。ペペ・ロメロ宅逗留時はいつも、ずっとこのギターを借りて、暇さえあれば弾いてます。
私は大量の歴史的名器を弾く機会にも沢山恵まれていますが、「このフィーリングを持つ他のギターを知りません」。
演奏中に「自然と音楽に導いてくれる」のです。意図的に「音楽をこう作ってゆこう」なんて作為する必要がないことを教えてくれる。「作品(音楽)自身が持っている良さに身も心も任せなさい」と、演奏中「どこか違う次元・世界に連れて行ってくれるんです」。
なので私は迷わず「地球の歴史上、最高傑作」と言ってはばからないんです。
弾く腕が十分ある人がこのギターを弾いた時に起こる「魔法」。
経験者以外、分からないと思います。
数多のコンサートで、数えきれないスタンディングオベーションを受けたことで、このギターも育ち熟成し、一線を越えた世界の「もの」になったのでしょう。
夢のような話が実在する。それを知ってしまったギタリストの恍惚と哀しみ。もう余程のレベルの物でなければ、満足出来なくなってしまう。
■chapter-5: 見てみましょう
アンコールピースである「ブレリアス」の演奏。
激しいラスギャード(かき鳴らし奏法)でも、名人はギターに傷をつけない。
ペペ・ロメロも勿論そう。なのでこのギターには「ネイルスクラッチ」はありません。
ペペの子供の頃のアイドル、フラメンコギタリスト「サビッカス」もそう。
ぺぺはサビッカスが使用していたギター「ドミンゴ・エステソ」を所有しているが、オリジナルコンディションですごく綺麗。(私も弾いたよ)
■chapter-6: 山火事
ペペ・ロメロはカリフォルニアに住んでいます。複数個所に膨大なコレクションを分散しています。
理由のひとつは「山火事へのリスク対策」。
ご存知の通り、カリフォルニアは度重なる山火事に悩まされています。
以前、ペペの自宅にの山火事による退避命令が出たことがありました。その折、ペペはヨーロッパツアー中。
留守を預かる奥様は、直ちにヨーロッパへ電話して「3本だけギターを持ち出すことが出来るけど、どのギターにする??」
究極の質問ですよね!80本以上の歴史的コレクションですから。
ペペの選んだ最初の1本は「La Wonderful」!
そう、歴史的名手にとって最も大切なギターが「La Wonderful」なんです。
■chapter-7: ペペ・ロメロ.Jr.
ペペ・ロメロの長男ペペ・ロメロJr.は現在、ギター製作家として確固たる地位を築いている。
父やロメロ一家を始め世界的奏者たちも愛用する名器を生み出す理由の一つは「名演奏家たちから、ステージやレコーディングで使用時の感想&意見がフィードバックされること」。
父ペペ・ロメロが暮らす家の一部を工房に改装し、アメリカ・サンディエゴで伝統的な工法(スペイン式工法)で制作を行う。
すでに世界的名工として確固たる地位を築き、その人気ゆえ、オーダーには4年待ちの状態。
兄弟同然のペペ田代には定期的に制作していて、常に一般オーダーとは異なる「特別な」何かを加えた、特別なギターを制作してくれている。
■chapter-8: LaWonderfulita(ラ・ワンダフリータ)
その中で「La Wonderful」をモデルとしてデザイン&制作された特別なギターがある。
ぺぺ・ロメロ。ぺぺJr。そして発注者の私(ペペ田代)が取り組み、出来上がったギター。
「制作番号: #166 LaWonderfulita」
表面板:レッドウッド(セコイア)/側・裏板:ハカランダ/ネック:マホガニー/指板:エボニー
スケール:660mm / 制作年度:2009年
セコイア(レッドウッド)を表面板に使用。
ダムの堰止杭として、コンクリート技術がなかった時代に使用されたセコイアの巨木。
長年、水の中で杭としての役割を果たした丸太は、引き抜かれ、第2生としてギター材になった。 (樹は水中にあると、樹内の水分が抜けて、理想的な乾燥状態になります)
成長に4~500年。伐採されダムの中で100年。長き時を超えて、美音を醸す。
■chapter-8: LaWonderfulの娘
名工ペペ・ロメロ・Jr.の作品の中には、「La Wonderful」をモデルとしてデザイン&制作された特別なギターがある。
ぺぺ・ロメロ。ぺぺJr。そして発注者の私(ペペ田代)が取り組み、出来上がったギター。
2009年、仕上がったギターを弾き、巨匠ペペ・ロメロ自ら命名し、名前ラベルを書いた。
「LaWonderfulita(ラ・ワンダフリータ)」(小さいワンダフル、ワンダフルの娘、的な呼称。”Angela”→”Angelita”のような)
このエピソードだけでも、このギターがどれほど特別で稀有な作品かが分かりますね!
その華やかな音色は、レッドウッド表面板とダーク・ハカランダと相まっての見事なサウンドになった。
■chapter-9: ハカランダ
名工ペペ・ロメロ・Jr.の作品の中には、「La Wonderful」をモデルとしてデザイン&制作された特別なギターがある。
2017年9月、ペペ田代宅にて「La Wandaflita」を久しぶりに弾くぺぺ・ロメロ氏。
「La Wonderful」の側・裏板には「白太部分を含むハカランダ」が使用されていた。
が、この「La Wandaflita」にはダークウッドを使用した。濃い部分と淡い部分が複雑に混在しているのが良く見て取れる。
表面版の振動に対して複雑に反応し、かつ比重が近い部分で揃えたため、ゴージャスなサウンドになった。
■chapter-10: サウンドデザイン
「La Wandaflita」の制作番号は「166番」。
表面板の内部構造は、ギターの黄金期(~最高のギターが生まれた)1920年代のスペイン・マドリッドを代表する製作家「サントス・エルナンデス」に代表される、伝統的な力木構造に、高音を力強くする「トレブル・バー」を加えた。
サントスの切れ味に、ロドリゲスのパワー。これがペペ・ロメロJrの求める理想。
弾弦時の、はじけたつ様な「エクスプロージョン」。
高速な低音と、ドライなミッドレンジ、際立つプレゼンス(超高音)など、マドリッド黄金期のサウンドを踏襲しつつも、レッドウッド&ダークハカランダがもたらす、煌びやかでウォームなテイストが加わり、見事なサウンドになった。